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大谷吉継 [戦国]

合戦祭りの最後の記事として、甲冑武者行列の事を書こうとしましたが、祭りから1週間経過しており、タイムリーではない為に武者行列記事は中止にしましたぜ。


 


戦国記事が続いているので、少々クドイかとは思いますがこれは書いておきたいな・・・と思いましたのでもう一丁戦国関係で行かせて頂きますね。


 


 


大谷刑部吉継(おおたにぎょうぶよしつぐ)


歴史が好きな人なら知っている武将ですが、一般的にはあまり知られてはいない人です。


 


幼少より羽柴秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いや九州攻めによる功績で敦賀城を与えられます。


戦国大名として順風満帆のはずでしたが、20代中頃ひどい皮膚病(ハンセン病)に冒されてしまいます。


日増しに病状が悪化して行き、秀吉に引退を申し出ますが逆に励まされ、秀吉に対する恩義を忘れまいと誓います。


 


ある日、秀吉の家臣が集まり茶会が開かれ、大きな椀に茶を入れて家臣で回し飲みをする事になりました。


吉継も回ってきた茶を飲みましたが、後の者は病気が感染するのを恐れ飲むふりをするばかりでした。この光景に吉継はひどく傷つきます。


そんな時、石田三成が自分が飲む順番ではないのに椀を取り、「喉が渇いたので先に貰う」と言い茶を飲み干したのです。そして吉継に気軽に話しかけてきたそうです。


吉継は三成の、人を気遣う気持ちに深く感謝し、その後2人は強い友情で結ばれていきます。


 


 


 


 


 





 

吉継は太閤秀吉の死後、急速に力を伸ばす徳川家康の傘下に入ります。

 

米沢では上杉家が豊臣政権に対し謀反の疑いがあるとされ、直江兼続による家康に対する挑戦状、いわゆる「直江状」の件もあり、家康は上杉征伐に向かいます。

吉継もこれに参加する為、兵を率い敦賀城を出ます。

 

途中、近江佐和山城に立ち寄り三成に面会するのですが、三成から家康を討つ決意を聞かされます。

吉継は家康の力を良く知っています。絶対に勝ち目は無いと再三に渡って三成を説得しますが、豊臣政権を何としてでも守ろうとする一途な思いに負け、三成と共に戦う事を決意します。

たとえそれが負け戦であろうとも。

 

 





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関ヶ原合戦祭りに行ってきた! ② [戦国]

今回の祭りのメインとなるのは、本物の役者さん、全国から公募で選ばれた人、地元の人が共に甲冑を身に付けて、秀吉の死から三成の斬首までを劇として公開するというものです。


 


笹尾山会場では東軍西軍各隊が鎧を纏い、劇のリハーサルを兼ねて模擬戦闘も行われました。


まずは、各隊の凛々しい姿をば!


 


 


 





我等が主君、石田三成公と家臣たち。

中央の三成公が着けている兜は史実に基づくものです。かっこいいですぅ~

 

 




島左近隊の皆さん。

「左近さ~ん」と声を掛けるとキリッとした表情で応えて頂きました。

 

 




こちらは大谷吉継隊。白い頭巾を被っているのには理由がありますが、その話はまたの機会に・・・

因みに記念撮影タイムで一番人気でした。

 

 




薩摩の名将、島津義弘と甥の豊久。

隣の大谷隊の人気ぶりが羨ましいらしい・・・

 

あ・・・もう一つ、蒲生隊を撮るのを忘れてた・・・

 

撮影タイムが終わると、模擬戦が行われます。

と、言っても劇のリハーサルと練習を兼ねてますので、真剣勝負というわけではありませんが・・・

 

 

ちょっと工夫してスローシャッターで撮ってみました。合戦の雰囲気出てますか?

 

 







こんなに激しい感じじゃなく、笑いあり、笑いあり、笑いありの模擬戦でした。

 

後は劇を上演する、最初の講演会のあった建物の前の広場に移動です。

 

 

次回は全軍武者行列の巻でござる


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関ヶ原合戦祭りに行ってきた!① [戦国]

関ヶ原町制80周年記念として、「関ヶ原合戦祭り」が18、19日の2日間開催されました。


仕事の都合で19日、一日だけ行ってきたにょ~


レポートするにょ~


 


 


 





さすが古戦場の町、町役場も戦国一色に彩られています。

 

今回の祭りのテーマはズバリ、石田三成!

関ヶ原の合戦で敗北を喫し、その後の歴史において悪人、奸臣(よこしまな考えを持つ者)とされてきた三成。しかしそれは勝者、徳川によって作られた姿だったのです。

最近の研究により、三成の本当の姿がわかってきました。

そんな訳で今、時代は三成なのです!

 

 

まずは今回の最大の目的(早くも)である、講演会会場へと向かいます。

「義の人・石田三成」と題し、静岡大学教授の小和田哲男氏による講演があるのです。

小和田先生はNHK「その時歴史が動いた」のゲストや、来年の大河ドラマ「天地人」の時代考証を担当される有名な先生なんです。

そんな方の講演を聴く機会というのはなかなかありませんから、非常に楽しみにしてました。

 

 




会場は250席ほどあったでしょうか。満席で立ち見が出るほどでした。

三成が何故、家康との勝負に出たのか。秀吉にとって三成がどれ程大事な存在であったか、三成と家康の思いの根底は同じものだった等、本当に面白い講演でした。

ま、中には寝てる人もおられましたが・・・先生の話=ラリホーの呪文となるのは仕方の無い事なのかもしれませんね。

 

1時間の講演の後、メイン会場となっている三成陣地跡のある笹尾山に向かいます。

シャトルバスも運行してましたが、バス待ちの人数が多く歩いて向かった方が得策だと思い、15分のウォーキングです。

 

11時からは火縄銃鉄砲隊の演舞があったのですが、講演が終わるのが11時ではどうしても間に合いません。次回はこの辺りのタイムテーブルを何とか考えて欲しいものです・・・

 

 







真田流鉄砲隊の方々。女性が凛々しく、可愛いです。

こうして気軽に写真撮影に応じて下さるので、笹尾山会場はほぼ全編に渡って撮影会場となってました。

 

 

全国の戦国グッズ店が一堂に会したショップエリアをぶらつき、彦根の「しょうぶ屋」さんの真田幸村Tシャツを購入。すっげぇかっこいいっす!冬でも着るっす!

あ、彦根ならいつでも行けるんですけどね・・・

 

ショップの前をうろついてると、着ぐるみキャラ発見!

背中には北近江の大名、浅井の家紋が入っている。って事は・・・

つい先日デビューした「茶々姫」じゃありませんか!なかなか可愛いぞ!

ゆるキャラ及び、浅井好きの自分は年甲斐もなく舞い上がってしまい・・・

 

 




付き添いの係りの人に撮ってもらうという暴挙。

おまえは子供かー!! というツッコミは甘んじて受けようぞ!

 

 

この後、彼等も現れ・・・

 

 

 

 







いしだみつにゃん、しまさこにゃん

ゆるキャラの横綱、「ひこにゃん」の敵キャラとして生まれた「しまさこにゃん」

そして主君、三成の生まれ変わりとされている「いしだみつにゃん」

コイツら、かなりの芸達者です。

 

そうこうしていると腹も減ります。しかしながらTシャツを買ってしまった為にお小遣いが月末までもつかどうか怪しくなってきましたので、あまり高い昼食は取れません。

 

お弁当も売ってましたが、戦国陣中鍋というのがあり、一杯200円。これにすべし!

 

 




えのき、まいたけ、しめじ、豆腐、鶏肉、人参が入った汁物です。

見かけよりもボリュームがあって、これで200円とは・・・恐れ入った!

味も美味しかったです。

 

 

さて、次回はいよいよ甲冑に身を包んだ武者の登場!

 

 

 

 

・・・次回、早めにアップできるよう頑張ります・・


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働けど働けど我が生活楽にならず [日々の記憶]

お久しぶりです。


 


死んでませんよ。


・・・ある意味死んでたかな?


 


かなり仕事が忙しくなってしまいまして、体調も崩した事もあって暫く休んでおりました。


8月の終わりから休日出勤の連続で、疲労が溜まるわ、忙しい状況に新入社員が付いて来れずにイライラするわ、経営者の愚痴に付き合わされるわ、子供の誕生日に買ったWiiで筋肉痛になるわ、阪神は歴史的なV逸をするわで、なんやかんやで死んでました。


 


体がしんどいのは変わりませんが、今週末からは日本シリーズ進出を賭けてクライマックスシリーズが始まりますし、ちょいと気合入れて行こうかなっと。


 


次回予告


18、19日に行われる、関ケ原合戦祭り に行ってきたにょ~ の予定デス


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